季節蕎麦のひとつに『あられ蕎麦』がある。
あられ蕎麦とは、おそばの上に敷いた海苔に、青柳(あおやぎ)を散らした種物。最後に熱いかけ汁をかけて頂く。青柳とは、関東で用いられる表現で、一般には『バカガイ』と言う。
『あられ蕎麦』という名の由来は、青柳の小柱を散らした様子が、霰(あられ)に見えたから。なんとも江戸っ子らしい、粋な御蕎麦。しかし、あられ蕎麦を提供するお蕎麦屋は今や限られていて、一部の老舗蕎麦やでしかお目にかかれない。
あられ蕎麦が珍しい一品になってしまった理由のひとつに、青柳が高級食材となったことが挙げられるだろう。江戸時代後期、1825年の文献『今様職人尽歌合(いまようしょくにんづくしうたあわせ)』に、次の一文がある。
「風鈴の ひびきにつれて ちる花は あられ蕎麦とも みえておかしや」
現代語にすると、
「風鈴の音に合わせて散る花びらは、あられ蕎麦のようにも見えて、趣深い」
といったところだろうか。
つまり、江戸時代後期には、あられ蕎麦が浸透していたことがわかる。きっと当時の江戸湾では、青柳がよく揚がったのだろう。かくして、江戸っ子の粋なお蕎麦であった、あられ蕎麦であるが、時代とともに幻の一品となり、今や一部のお蕎麦屋の季節そばとして品書きされるようになった。
また、あられ蕎麦を卵とじにすると、『あられとじ蕎麦』となる。あられ蕎麦にお目にかかるときは、江戸っ子の粋を感じながら、味わいたい。