『江戸東京野菜』というブランドがあるのをご存知だろうか。きちんと定義された野菜であるが、歴史と文化上、江戸蕎麦との関わりも深い。特に蕎麦の薬味として使われることも多かった江戸東京野菜。今では研究によって、成分や効能も知られるようになってきている。
1.江戸東京野菜とは
江戸東京野菜は、江戸東京内もしくは近郊で育てられてきた種などのこと。平成23年にJA東京中央会によってブランド化された。ただし、江戸時代にいわゆる“江戸”と呼ばれた地域で栽培されていたものよりも、広範囲のものが認定されている。
そもそも江戸は、野菜の栽培に適した土壌や水などの確保が難しい土地であり、耕作地が少ない場所だった。そのため、“江戸時代の江戸で育てられていた野菜”と定義してしまうと、かなり限定的になりブランド化も難しい。こうした背景から、江戸及び周辺地域で育てられてきた野菜が認定されている。
2.蕎麦の薬味でも活躍!江戸東京野菜の成分と効能
蕎麦の薬味として、江戸時代から使われたであろう江戸東京野菜を紹介する。
2-1.江戸大根3種
享保年間(1716~1736)から伝わり、尾張大根と練馬原産種の交配からできた練馬大根(練馬区)、文久年間(1861~1864)から栽培量が増えた細身の亀戸大根(江東区)、練馬大根にルーツを持つ大蔵大根(世田谷区)。江戸患いを治すために、五代将軍徳川綱吉が大根の栽培を奨励したとも言われている。
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現代では大根は蕎麦では薬味として使われることが多いが、江戸初期くらいまでは大根のすりおろし汁に蕎麦をつけて食べるのが一般的だった。辛味の効いた大根が手に入らなかった時の代用品としてワサビを使うほど、大根は蕎麦にとって重要な存在だったのである。
大根に含まれる成分で注目したいのが、イソチオシアネートとアミラーゼ。イソチオシアネートは、大根特有の苦味成分。捕食されないように備わったものと考えられている。アリルイソチオシアネートとも言う。
イソチオシアネートは、殺菌作用などが知られており、まさに“薬味”の名にふさわしく、古くから薬のように使われることも多かった。近年では、ガンに対する有効性を示す研究も発表されており、大根の健康に対するメリットはますます明らかになっていくだろう。
2-2.奥多摩ワサビ
ワサビの生育には清らかな水が欠かせない。奥多摩から六郷に流れる多摩川上流は、ワサビの生育環境に適しており、江戸時代後期にはワサビの産地として知られた。
ワサビにも大根と同じ成分、イソチオシアネートが含まれており、殺菌作用があることがわかっている。さらに血栓予防や代謝向上などの作用もわかってきている。ただし、ワサビの効能については本ワサビでしか効果が認められていないものもあるため、気をつけなければならない。
特に市販のチューブ式のワサビには、本ワサビが含まれていなかったり、西洋ワサビの含有率が高いものも多いので、原料を確認して選びたい。
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2-3.内藤唐辛子
信州高藤藩主の2代目、内藤清成はその功労が認められ、現在の新宿周辺に広大な領地を拝領した。一部が“内藤新宿”という宿場町として栄えた。一方、当時流行していた江戸患いの対策として幕府が野菜の栽培を奨励していたことから、野菜の栽培も積極的に行い、“内藤かぼちゃ”などとして知られるように。
そんな中、江戸で不動の地位を確立していた蕎麦の薬味として、唐辛子に注目が集まる。八房唐辛子という品種で、すっきりとした辛味が蕎麦に合うと大流行。江戸では“七色唐辛子”のメインとして重宝された。
収穫期には新宿一帯が真っ赤に染まるほど生産量が増え、内藤唐辛子は一大ブランドに成長。しかしその後、江戸の経済発展や人口増加に伴い、畑は激減。内藤唐辛子は一旦、完全に生産が途絶えてしまう。
ところが2010年。市民団体が内藤唐辛子を復活させるプロジェクトを開始。当時の種を探し出し、作付けに成功。400年の時を経て、内藤唐辛子は復活した。
唐辛子の成分と言えば、カプサイシン。発汗作用があるため、ダイエット成分としても人気がある。βカロチンに加え、粘膜や皮膚を作るのに欠かせないビタミンA、肌の新陳代謝に必要なビタミンC、抗酸化作用を持つビタミンEなど、ビタミン類の含有量も多い。さらに消化液の分泌を促進してくれる。ただし、刺激も強いため食べ過ぎないようにしたい。
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2-4.砂村一本ネギと千住一本ネギ
江戸のネギは、砂村(江東区)に来た大阪、摂津の農民が栽培したことに始まる。関西地方では“葉ネギ”が主流のように、ネギは葉の部分を食べるものだったが、摂津より寒冷な砂村では葉が枯れてしまった。そこで、白い部分を食べるように。関東地方で食べられる根深ネギの始まりである。
さらに砂村のネギが千住に伝わり誕生したのが、千住一本ネギ。千住はネギの一大生産地となり、現在でもブランドネギとして知られている。
ネギのツーンとした香りや辛味は、硫化アリルという成分が原因。体内に入るとアリシンという成分に変わるが、強い殺菌作用を持つ。またビタミンB1の体内への吸収や働きを良くする。蕎麦にはビタミンB1が含まれているため、蕎麦とネギという組み合わせは、非常に理にかなっている。
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まとめ
江戸蕎麦とともに歩んで来た江戸東京野菜。蕎麦人気に合わせて、薬味も注目されるようになり、江戸やその周辺での栽培量も増えていった。科学が発達した現代でこそ、薬味の効能は示されているが、体感的にその効果を感じ、生活の中で活用して来た江戸時代の人々。そうした歴史や背景に思いを馳せながらすする蕎麦もまた感慨深いものがあるのではないだろうか。