日本の麺事情と言えば、東は蕎麦で西はうどん。しかし実は江戸でもかつてはうどんも蕎麦と同じくらいに食べられていたと言う。
時代が進むにつれて、蕎麦の方が好まれるようになり、江戸時代中期以降は蕎麦優位になった。その理由は生育に適した環境や食文化、経済の発展など様々な要因があるが、“江戸患い”も大きな原因であったと言う。
1 江戸患い=脚気
江戸患い(煩い)とは、いわゆる“脚気(かっけ)”のことを指す。脚気はビタミンB1が不足することにより、末梢神経や心臓などに障害をきたす。はじめは、疲れやしびれといった症状から始まるが、悪化すると命を脅かす病だった。当然、当時はそのような理由がわからなかったために奇病として恐れられた。
2 “江戸患い”と呼ばれたわけ
脚気は必ずしも江戸時代の人々みんながなったわけではなかった。その名の通り、江戸に住む人々、しかも将軍や武士など身分の高い者が患者の中心だった。他に発症しがちだったのが京都の貴族。なぜ、この時代に最も裕福な暮らしをしていた人たちほど、脚気になったのか。
それは裕福な人ほど、白米を食べたから。当時は白米を食べられることが高貴な身分の者にとってのステータスだった。一方、貧しい身分の者や地方の人間は白米を食べる習慣がなく、精米されていない米や雑穀を食べていた。それらにはビタミンBが含まれているために、脚気になりにくかったのである。
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勤めのために江戸に上った武士が白米中心の食生活で脚気にかかり、地方の領地に戻ると治ったことから、江戸患いと呼ばれた。やがて江戸では庶民にも白米を食べる習慣が広まり、ますます江戸患いが広がったと言う。
3 蕎麦好きに江戸患いが少ないことから蕎麦が流行
やがて、蕎麦をよく食べている人は江戸患いにかかりにくいという噂がまことしやかにされるようになる。そして江戸では、蕎麦がうどんよりも食べられるようになった。1700年代のこと。ちょうど江戸で蕎麦がブームになった頃と一致する。
蕎麦は穀類の中でもビタミンB類の含有量が多い。つまり、噂は正しかったことになる。しかし科学どころか、脚気の原因もビタミンの存在すらもわかっていなかった時代に、蕎麦の江戸患いへの効果を発見したとは…今よりも遥かに死が身近だった時代とは言え、すごい観察眼である。
4 再び流行の兆し
脚気の存在と治療法が確立され、江戸時代に比べて遥かに栄養状態がよくなった現代。実は、脚気を煩う人が増えていると言う。
原因の一つがジャンクフード。インスタント食品などにはビタミンB類があまり含まれない。その上、体に負担がかかるものを食べると、消化をするのにビタミンBが必要という、二重苦に陥る。
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アルコールも分解するのにビタミンBが必要なために、飲酒量が多い人も脚気に罹りやすい。当たり前ではあるが、偏食を避け、野菜などを積極的に摂る食生活が望ましいだろう。
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そして、蕎麦を食べるのであれば、ビタミンB類の含有量が多い挽きぐるみのものを選びたい。
まとめ
関東で蕎麦が愛されている背景には、江戸市民の命を脅かした病の存在があった。栄養状態がよくなった現代では、大きな問題になっていないものの、ジャンクフードの多い食生活を送っている人などを中心に再び脚気の問題が大きくなりつつある。基本的な食生活を整えながら、挽きぐるみの蕎麦を積極的に食べたい。
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