寒さが身にしみ始める初冬。ソバ好きにとっては楽しみな季節の始まりでもある。そう、新そばが出てくるからだ。各そば屋では店頭に、例の流れる筆遣いの『新そば』の文字が掲げられる。香り高く、風味豊かな新そばは、年末年始の”御そば繁忙期”にたっぷりと楽しむことができる。
一方で、収穫から半年以上が過ぎた春あたりから、ソバ粉の質はどうしても落ちてしまう。そこをカバーするのが、そば屋の腕の見せ所ではあるが、やはりいい素材を使えるなら使いたいもの。
そこで、誕生したのが『タスマニア蕎麦』。タスマニアは、南半球オーストラリアにある島。タスマニアの緯度を北半球に置き換えると、ちょうど北海道から東北にあたり、お蕎麦を栽培するのに適していると考えられた。
そして、南半球といえば日本と季節が正反対。つまり、タスマニアの気候に合わせてお蕎麦を栽培、収穫すれば、日本でお蕎麦が収穫できない時期・・・夏に新そばが手に入る。
このタスマニア蕎麦の歴史は、実は30年以上も前にさかのぼる。千葉県習志野市にある『白鳥製粉株式会社』の社長、白鳥理一郎氏は、取引先のそば屋の主人、堀田平七郎氏から、夏場のソバ粉の質の悪さを指摘された。
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当然、それは白鳥製粉のせいではなく、収穫から1年近く経ったソバ粉のすべてが抱える問題だった。白鳥氏は、かつて自分がオーストラリアに留学していたこと、その時、父・白鳥利重氏が「オーストラリアで蕎麦を栽培できれば、夏に日本で新そばを売ることができる」と言うことから、オーストラリアでの蕎麦栽培を模索し始める。
白鳥氏は、品種の研究からタスマニア政府への働きかけ、栽培実験を繰り返し続け、並々ならぬ努力の末に、ついに商品化にこぎつけた。そしてタスマニアで収穫されたお蕎麦は『利平』と名づけられた。そう、父・『利重』とそば屋の主人『平七郎』から取った名前である。
『利平』は現在も一部の限られたルートでしか手に入らない、貴重な一品。1990年には漫画『美味しんぼ』で紹介され、広く知られるようになるが、『利平』を味わえるそば屋が限られていることに、未だ代わりはない。
夏の新そば『タスマニア蕎麦』。貴重な旨いおそばには、並々ならぬ努力と、情熱と、ロマンがあったことを忘れてはならない。